製造業
売上/25億円
社員数/80名
設立/1970年
後継者育成(社長交代)の事例
●創業オーナーの求心力で持っていた会社
今から10年ほど前、ある会社の社長からA社の社長を紹介され「うちの会社の顧問を引き受けて欲しい」と頼まれた。その会社の社長(創業オーナー)は当時60代後半、実の息子が入社しており年齢は30代前半、社員は約30名、売上は約10億円という状況だった。
A社は社長の長年の頑張りもあって、その人脈や取引先との良好な関係から順調に業績を伸ばしていた。
しかし、経営理念もはっきりしたものは無く目標設定や評価基準なども曖昧で、社内の整備ができておらず個人商店の域を脱していない。
いろいろやらなければならないことも山積していたが、そんな中で社長が最も心配していたのは「自分の次をどうするか」だった。
社長の気持ちを察すると、「息子を入社させはしたものの、どうもシャンとしない。親の会社で趣味のパソコンを楽しんでいるようにしか見えない。どうすれば良いのだろう。はたして将来跡を継がせることができるのだろうか。」ということだったのだと思う。
●中途半端な後継者候補
そこへ私が顧問で入り、いろいろ手を打つことになったのだ。
初めは就業規則の整備や評価制度、給与制度の見直しなどを少しずつ行いながら様子を見ていたが、社員に厳しい社長がどうも息子にだけは甘い。孫も生まれており、ついつい甘くなっていた。心情的には分かるのだが、これではいけない。
息子は性格も良く人に好かれるタイプではあったが、考えが甘くビジネスマンとしてはかなり頼りない。
当時の彼のポストは「企画室長」というもので、「格好は良いが中身は無い」という位置付けだった。仕事は何をやっているのかよくわからない。
しかも茶髪で、社長に買ってもらった高級スポーツカーで会社に来ていた。
のんびりしていて素直な性格だったので不思議と社員に嫌われてはいなかったが、誰も本気で相手をしていない状態だった。
●特別扱いをせず厳しく育てる
私はまずその高級車での通勤を禁止した。
「自分で稼いだ金で買ったならまだしも、親に買ってもらった高級車で会社に来るなどもってのほか。社員が見ているぞ。明日からバスで来なさい。」と言って、身分相応の行動をとるように命じた。
次はポスト。
社長に頼んで、会社で一番大変な部署に異動させた。
その当時最も業績の悪かった営業部門の責任者にしたのだ。数字ではっきり結果が出るため、言い訳ができない。
最初は案の定惨憺たる成績だった。しかし、客に怒られ社内でも文句を言われ、それでもめげずに仕事をしているうちに徐々に仕事が分かるようになっていった。それに伴い、自然と茶髪もやめ見た目も表情もまともになっていった。
それを2年くらいやって行くうちに、彼に対する社員の態度が変わってきた。最初はまともに相手をする者も少なかったのだが、だんだんと仲間として認めるようになり協力するようになっていったのだ。
●周りからの評価が変わり自覚が生まれる
一番きついポストに就いたことで皆が同情したのか、または私がいつも彼をいじめているように見えたのか(もちろん私はいじめていたわけではなく、愛ある教育をしていたのだ。また、陰できちんとフォローをしていたので、本人は私にいじめられているとは全く思っていなかった)そのあたりは分からないが、損な役回りを黙々とこなしている彼を見て皆が一目置くようになり、社内に彼の味方が増えていった。
私の次の手、それは息子と彼の同僚2人の計3名を同時に取締役に昇格させることだった。
初め社長は「まだ早いのでは」と言ってだいぶ渋っていたが、最後には根負けして私の言う通りにしてくれた。
将来息子が経営を継ぐとしたら、その時片腕となるのはやはり同世代の人材だ。今から自覚を持ってもらう意味で、当時30代の課長職3名を部長兼務の取締役にしたのだ。
A社は当時たかだか30名程度の会社だったので、実力社長が元気でいるうちは彼らを役員にしようが部長にしようが、実質的な経営にはあまり影響がない。それより役員就任の一番のインパクトは、本人たちの自覚とまわりからの反応だ。
社員からの反応、顧客からの反応により、責任感、実行力が高まり、次第に動きが変わって行った。あの男がこんなにしっかりするのか、と思うほど変わった。
それから5年ほどして息子は社長になった。今は2人の役員とともに業績を伸ばし頑張っている。
当時の社長は、今は会長になり給料をもらいながら孫と遊んでいる。

